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東京高等裁判所 平成10年(行ケ)109号 判決

東京都港区西新橋1丁目17番13号

原告

産機興業株式会社

代表者代表取締役

橋本文二男

訴訟代理人弁理士

橋本克彦

愛知県丹羽郡扶桑町大字柏森字前屋敷10番地

被告

日本デコラックス株式会社

代表者代表取締役

木村三千夫

訴訟代理人弁理士

小田治親

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が平成7年審判第10193号事件について平成10年2月25日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

被告は、「ケミカルアンカー」の片仮名文字を横書きしてなり、第7類「ゴム製建築または構築専用材料、石こう製建築または構築専用材料、石灰製建築または構築専用材料、しっくい、パテ、建造物組立セット」(平成3年政令第299号による改正前の商標法施行令の区分による。以下同じ。)を指定商品とする登録第1293601号商標(昭和47年4月1日登録出願、昭和52年8月23日設定登録、昭和62年11月17日、平成9年5月20日存続期間の更新登録、以下「本件商標」という。)の商標権者である。

原告は、平成7年5月2日、被告を被請求人として、本件商標につき登録無効の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を平成7年審判第10193号事件として審理したうえ、平成10年2月25日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、平成10年3月18日、原告に送達された。

2  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本件商標をその指定商品について使用しても、商品の品質について誤認を生じさせるおそれがないので、本件商標が、商標法4条1項16号(平成3年法律第65号による改正前のもの、以下同じ。)の規定に違反して登録されたものとはいえず、同法46条1項の規定により無効とすることはできないとした。

第3  原告主張の取消事由の要点

審決は、本件商標をその指定商品について使用しても、商品の品質について誤認を生じさせるおそれがないと誤って判断しているので、違法として取り消されるべきである

1  審決が、本件商標について、「全体として、例えば『化学的な定着(具)』の如き漠然とした抽象的な意味合いを看取させることがあるとしても、これに止まり、更に進んで、その商品の品質、構造、機能、用途、使用方法等の具体的な内容までを認識させるものではない。」(審決書7頁6~11行)と判断するが誤りである。

すなわち、商標法4条1項16号の適用に当り、「商品の品質の誤認を生ずるおそれ」とは、その品質がその商品に現実に存在すると否とを問わず、その商品が有する品質として一般需要者において誤認される可能性がある場合をいうものであり(特許庁商標第1・2課編「商標審査基準」、甲第17号証39頁)、例え造語であっても、原告主張のように、本件商標である「ケミカルアンカー」の語が、「ケミカル(化学的な)」と「アンカー(定着具)」とを一連に横書きしたものと把握され、「化学的作用を利用した定着具」を暗示的に表現したと認定されるものであるならば、これが漠然とした抽象的意味合いであっても、指定商品に用いる場合は、一般需要者において、その商品が有する品質として誤認されるおそれがあるといえる。そして、本件商標を、その指定商品、例えば「建造物組立セット」や「しっくい」などにおいて使用すれば、具体的な商品の品質の誤認を生じることはいうまでもなく、本件商標が商標法4条1項16号の規定に該当することは明白である。

また、特許庁における過去の審決例においても、「アンカー」の語が、本件商標と同じく、建築・構築類を指定商品とする場合には商品の用途を示すものであるとして、商標法4条1項16号の規定に該当すると認定されている(甲第11~第13号証)。さらに、被告が、本件商標と同じく、商品区分第7類を指定商品として、商標「ケミカルアンカー」を昭和56年3月3日に出願した(商願昭56-15304号)のに対して、担当審査官は、昭和58年3月25日付けの拒絶理由通知書において、商品との関係において商標法4条1項16号の規定に該当すると認定しているうえ、この通知を受けた被告は、昭和58年6月15日付けの意見書においてその事実を認め、指定商品を「樹脂、硬化促進剤及び骨材などを管状レジンカプセルに充填してなる建築用構築用専用接着材」と減縮補正し(甲第18号証の1~4)、その結果、本件商標の連合商標としてこれが商標登録された(登録第2680790号商標、甲第21、第22号証、以下「別件商標」という。)。

このように、本件商標である「ケミカルアンカー」の語が、特許庁の審査、審判手続において、更には被告を含めた業界において、特定の商品の用途等の具体的な内容を認識させることは極めて明白であり、本件審決は、従来の特許庁における認定及び業界の認識を無視した根拠に基づかないものである。

2  また、審決が、「職権をもって調査するも、『ケミカルアンカー』の語が、登録査定の時点で、これ単独で、特定の商品の品質等を表示するものとして、建築・構築用材料を取り扱う業界で使用されていたことを認めるに足りる資料も見出せない。」(審決書7頁12~16行)と判断したことも誤りである。

なぜなら、「ケミカルアンカー」の語は、本件商標の登録査定の時点(昭和52年3月18日)で、特定の商品の普通名称(一般名称)を表示するものとして、建築・構築用材料を取り扱う業界で使用されていたからである。すなわち、被告の同業他社である日本ヒルティ株式会社が、昭和56年以前に「HBPケミカルアンカー」なる表示をした商品の販売をしており、同じくアイエスエム・インタナショナル株式会社が、昭和57年3月まで「UPATケミカルアンカー」なる表示をした商品の販売をしており、同じく三井東圧化学株式会社が、昭和57年9月まで「ケミカルアンカー」なる表示をした商品の販売をしていた(甲第18号証の5~12)。しかし、本件商標の設定登録後、被告が、その商標権を行使したことにより、これらの同業他社がその使用を制限されてしまったものである。

このように、本来、建築・構築用のレジンカプセルについての一般名称(普通名称)として、業界において使用されていた「ケミカルアンカー」の語が、商標として使用したときに品質の誤認を生じさせるような指定商品について誤って登録された結果、その商標権の禁止権により、同業他社による使用が制限されて被告の独占的使用を認容してしまっているのが現状である。

なお、本件無効審判の各審判官と別件商標に係る無効審判(平成7年審判第10195号審決、甲第23号証、以下「別件審決」という。)の各審判官とは、全く同一であるにもかかわらず、本件審決では、「同業の他社が『ケミカルアンカー』を使用していなかった」と判断する一方、別件審決では、「同業の他社数社が、同種商品についての商標の一部に本件商標(注、別件商標のこと)を使用していたこともあった」(甲第23号証11頁15~16行)と認めていることは、御都合主義的な判断であって、審決の信頼性を著しく阻害するものである。

そして、本件商標は、現在においても、学術用語に認定されたり(甲第19号証)、社団法人日本建築学会の編集する「建築学用語辞典」(甲第20号証、以下「本件辞典」という。)に掲載されるなどして一般名称化されているし、被告が原告に対して提起した侵害訴訟(名古屋地方裁判所一宮支部平成2年(ワ)第273号、以下「本件侵害訴訟」という。)における、被告役員服部忠宏の証人調書(甲第8号証の2)でも、「ケミカルアンカー」が一般的名詞として使われていたことが証言されており(同号証の2、17項)、被告も本件商標を一般名称として認識していたものといえる。

3  したがって、審決が、「本件商標は、登録査定時において、その構成全体として、特定の商品の品質等を表示するものではなく、請求人主張のような趣旨を暗示的に表現したものと理解されることがあるというに止まる一種の造語と把握されていたものとみるべきである。したがって、本件商標は、これをその指定商品について使用しても、商品の品質について誤認を生じさせるおそれがないものといわなければならない。」(審決書7頁17~8頁4行)と判断したことも、誤りである。

第4  被告の反論の要点

審決の認定判断は正当であり、原告の主張の取消事由は理由がない。

1  原告は、特許庁における過去の審決例においても、本件商標と同じく、「アンカー」の語が、建築・構築類を指定商品とする場合には商品の用途を示すものであるとして、商標法4条1項16号の規定に該当すると認定されていると主張するが、本件商標は「ケミカルアンカー」であって「アンカー」ではない。

また、原告は、本件商標が、特許庁の審査、審判手続において、更には被告を含めた業界において、特定の商品の用途等の具体的な内容を認識させることが極めて明白であると主張するが、このような明白な認識である事実とは何であるかは明らかとされていない。

したがって、この点に関する審決の認定(審決書7頁6~11行)に誤りはない。

2  原告は、本件商標が一般名称であると主張するが、明らかに一般名称とされる文言に対し、特許庁が商標登録をするものかは疑問である。また、同業他社が数社その使用を中止したことや、本件辞典への掲載も中止された(乙第2号証)ことを考えると、原告の主張は予断に基づいたものといわざるを得ない。

また、原告は、「ケミカルアンカー」の語が本件商標の査定時に、これ単独で特定の商品の普通名称を表示するものとして、建築・構築用材料を取り扱う業界で使用されていた事実があると主張するが、この主張を裏付ける根拠はなく、別件商標の無効審決取消請求事件(平成10年(行ケ)第110号)の判決によっても、この主張が失当であることが明らかとされた。

したがって、この点に関する審決の認定(審決書7頁12~16行)にも誤りはない。

3  以上のとおり、審決が、本件商標をその指定商品について使用しても、商品の品質について誤認を生じさせるおそれがない(審決書8頁1~4行)と判断したことにも誤りはない。

第5  当裁判所の判断

1  審決の理由中、本件商標が、「ケミカルアンカー」の片仮名文字を横書きしてなり、第7類「ゴム製建築または構築専用材料、石こう製建築または構築専用材料、石灰製建築または構築専用材料、しっくい、パテ、建造物組立セット」を指定商品とすることは、当事者間に争いがない。

2  本件商標である「ケミカルアンカー」の語の前半の「ケミカル」は、英語の「chemical」に通じ、一般の英和辞典によれば、「化学の、化学的、化学薬品による」等の意味を認識させるものと認められ、後半の「アンカー」は、同じく英語の「anchor」に通じ、「定着、定着具」等の意味を認識させるものと認められる。

そうすると、この両者を一連に横書きした本件商標は、化学に何らかの関連を有する定着又は定着具を意味するものとの観念を生ずるとしても、それが化学的組成物からなるものか、あるいは定着に際して化学的作用を利用するものか、その一部に化学薬品等を用いたものかなど、極めて漠然とした広範な意味を生ずるものと認められ、本件商標の指定商品との関連において、商品が有する一定の品質を表示するものとして一般需要者・取引者に認識されると解することは困難である。

原告は、本件商標が「化学的作用を利用した定着具」を暗示的に表現したと認定されるものであるならば、これが漠然とした抽象的意味合いであっても、指定商品に用いる場合は、一般需要者において、その商品が有する品質として誤認されるおそれがあると主張するが、本件商標は、前示のとおり、「化学的作用を利用した定着具」との限定した認識を生ずるものでなく、より広範な意味合いを有するものであるから、原告の主張は、その前提において誤りであり、採用することができない。

また、原告は、特許庁における過去の審決例(甲第11~第13号証)においても、「アンカー」の語が、建築・構築類を指定商品とする場合には商品の用途を示すものであると認定されていると主張するが、本件商標は、前示のとおり、主としてその前半の「ケミカル」の語が広範な意味合いを有することから、その指定商品との関連において商品の一定の品質を表示するものではないと認められるのであり、上記審決例とは、その具体的事案の内容を異にするから、この主張も採用することができない。

さらに、原告は、本件商標の連合商標とされる別件商標の登録の過程における、被告及び特許庁の対応関係を主張するが、これらの事実関係によって、本件商標が商品の一定の品質を表示するものではないとの前示認定が左右されるものでないことは明らかである。

したがって、審決が、本件商標について、「全体として、例えば『化学的な定着(具)』の如き漠然とした抽象的な意味合いを看取させることがあるとしても、これに止まり、更に進んで、その商品の品質、構造、機能、用途、使用方法等の具体的な内容までを認識させるものではない。」(審決書7頁6~11行)と判断したことに誤りはない。

3  原告は、「ケミカルアンカー」の語が、本件商標の登録査定の時点で、特定の商品の普通名称(一般名称)を表示するものとして、建築・構築用材料を取り扱う業界で使用されていたと主張し、同業他社による「ケミカルアンカー」の表示を含む商品の販売の事実(甲第18号証の5~12)を、その根拠として指摘する。

しかし、「ケミカルアンカー」の表示を含む商品が、一時期、同業他社により販売されていたからといって、そのことから直ちに、「ケミカルアンカー」の語が、特定の商品の普通名称(一般名称)を表示するものといえないことは明らかである。

また、原告は、本件商標が、学術用語に認定されたり(甲第19号証)、本件辞典(甲第20号証)に掲載されるなどして一般名称化していると主張する。

たしかに、これらの証拠によれば、「ケミカルアンカー」の語は、建築学会における学術用語であって、本件辞典にも掲載されているものと認められるが、他方、同辞典を編集する社団法人日本建築学会からは、被告に対して、「ケミカルアンカー」の語が、被告の商標であることを認め、これが「樹脂アンカー」と同義であることを前提として、その旨を明記して「建築学用語辞典」の第2版で訂正を行うことが連絡されている事実が認められる(乙第1号証)から、この辞典に基づいて本件商標が一般名称化しているとはいえず、上記の証拠以外に、当該業界において「ケミカルアンカー」の語が、特定の商品の一般名称として広く使用されてきたことを認めるに足る客観的証拠はないから、原告の上記主張は採用できない。

さらに、原告は、本件侵害訴訟での被告役員の証人調書(甲第8号証の2)でも、「ケミカルアンカー」が一般的名詞として使われていたことが証言されている(同号証の2、17項)と主張するが、この調書によれば、同証言は、外国の文献において時々「ケミカルアンカー」の語が使用されており、これを見て被告が出願したことを述べたものであって、特定の商品の一般名称としてこれが使用されてきたことを肯定する趣旨とは到底認められないから、原告の上記主張を採用する余地もない。

したがって、審決が、「職権をもって調査するも、『ケミカルアンカー』の語が、登録査定の時点で、これ単独で、特定の商品の品質等を表示するものとして、建築・構築用材料を取り扱う業界で使用されていたことを認めるに足りる資料も見出せない。」(審決書7頁12~16行)と判断したことにも誤りはない。

4  以上によれば、審決が、「本件商標は、登録査定時において、その構成全体として、特定の商品の品質等を表示するものではなく、請求人主張のような趣旨を暗示的に表現したものと理解されることがあるというに止まる一種の造語と把握されていたものとみるべきである。したがって、本件商標は、これをその指定商品について使用しても、商品の品質について誤認を生じさせるおそれがないものといわなければならない。」(審決書7頁17~8頁4行)と判断したことは正当であり、他に審決を取り消すべき瑕疵はない。

よって、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する

(裁判長裁判官 田中康久 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)

平成7年審判第10193号

審決

東京都港区西新橋1丁目17番13号

請求人 産機興業 株式会社

東京都中央区京橋2丁目8番20号 創友国際特許事務所

代理人弁理士 橋本克彦

愛知県丹波郡扶桑町大字柏森字前屋敷10

被請求人 日本デコラックス株式会社

東京都港区虎ノ門1丁目7番9号 藤森ビル

代理人弁理士 小田治親

上記当事者間の登録第1293601号商標の登録無効審判事件について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

審判費用は、請求人の負担とする。

理由

1. 本件登録第1293601号商標(以下「本件商標」という。)は、「ケミカルアンカー」の片仮名文字を横書きしてなり、昭和47年4月1日に登録出願、第7類「ゴム製建築または構築専用材料、石こう製建築または構築用材料、石灰製建築または構築専用材料、しっくい、パテ、建造物組立セット」を指定商品として、昭和52年8月23日に設定登録されたものである。

2. 請求人は、「本件商標の登録を無効とするとの審決を求める。」と申し立てて、その理由を次のように述べ、証拠方法として甲第1号証乃至甲第13号証を提出した。なお、その後、甲第6号証は、これに基づく主張と共に撤回された。

(1)請求人は、被請求人より、本件商標に基づく商標使用禁止等を請求されており(甲第8号証)、本件商標の登録について無効審判を請求する適格を有する。

(2)本件商標「ケミカルアンカー」は片仮名7文字という冗長な商標であるばかりか、語意から、英語の「ケミカル(chemical)」と「アンカー(anchor)」とを単に結合したものであることは明白である。ここで、英語の「ケミカル(chemical)」は「化学の、化学的、化学作用」の意を有するものであり、また、英語の「アンカー(anchor)」は「錨、とどまる」の意であって(甲第4号証)、殊に、建築や構築の業界においてはコンクリート等の基盤にアンカーボルトを取り付けるための定着具の一般名称として用いられているものである(甲第5号証)。

「アンカー」なる語は、本件商標の登録査定時において、建築や構築の業界では「定着具(固定具)」を示す一般名称として認識され、現実に使用されている。このことは、例えば、本件商標の登録査定時前に発行された「発明および実用新案分類の索引」(昭和35年1月25日 株式会社技報堂発行 9頁)に「建築物のアンカー」の語が挙げられていること(甲第10証)、同じく「特許・実用新案分類表」(昭和48年1月1日 社団法人発明協会発行 417頁)に「アンカー」の語が挙げられていること(甲第9号証)、さらには、その構成中に「アンカー」の語を有してなる商標に係る出願について、「アンカー」の語が商品の用途を示すものであるとして、商標法4条1項16号により拒絶をした審決例が存すること(甲第11号証乃至甲第13号証)かちも明白である。

すなわち、本件商標である「ケミカルアンカー」は、その商標自体の外観、称呼、観念などから判断して「化学作用を利用した定着具」という商品が想起されることになるので、その指定商品は「化学作用を利用した定着具」に限られるはずのものである。ところが、本件商標の指定商品は上記のとおりであり、これに本件商標である「ケミカルアンカー」を使用した場合に、需要者がそれらの商品を「化学作用を利用した固着具」であると誤って認識することは確実であって、商品の品質の誤認を生ずる虞がある。

(3)また、被請求人は、長期に亘つて、本件商標の指定商品には含まれていない「コンクリート、岩盤等にアンカーボルトを固着するためのカプセル型アンカーボルト用固着剤」について本件商標がある旨の虚偽の表示(商標法74条2号)を施し(甲第7号証)、請求人を始めとして他の同業者に対して不正な商標権の行使を行っている(甲第8号証)。ちなみに、この甲第8号証(被請求人が請求人を被告として本件商標に基づいて商標使用禁止等を請求した事件の訴状)中にも、被請求人は「コンクリート、岩盤等にアンカーボルトを固着するためのカプセル形アンカーボルト用固着剤」に使用するために本件商標を得たという事実が示されている。

したがって、裁判の結果は別として、被請求人が当初から本件商標の使用が商品の品質の誤認を生じることを認識していたことは明らかである。

(4)よって、本件商標は商標法4条1項16号に該当するものである。

3. 被請求人は、結論同旨の審決を求めると答弁し、その理由を次のように述べ、証拠方法として乙第1号証乃至乙第3号証を提出した。

(1)「chemical」の語に「化学の、化学的、化学作用」等の意味が存することは自明であるが、「anchor」の語が「建築や構築の業界においてコンクリート等の基盤にアンカーボルトを取り付けるための定着具」の一般名称として使用されているかについては俄かに賛し難い。甲第5号証は、「アンカー」に「定着」の意味があることを示しているに過ぎない。

(2)請求人は、甲第7号証及び同第8号証を提出し、被請求人は虚偽の表示及び不正な商標権の行使をしているとし、本件商標の登録は無効にされるべきであると主張しているが、本件審判は商標法46条1項各号に掲げる無効理由の存否についてのみ争うものである。ちなみに、甲第8号証に基づく訴訟において、名古屋地方裁判所一宮支部は被請求人の主張を認める旨の判決を平成6年5月19日にした(乙第1号証)。この判決を不服として請求人は控訴したが、名古屋高等裁判所は控訴を棄却する旨の判決を平成7年7月19日にした(乙第2号証)。また、この控訴審判決に不服として請求人は上告したが、最高裁判所は上告を棄却する旨の判決を平成9年6月13日にした(乙第3号証)。これらの事実からも明らかなように、請求人の主張は不当である。

(3)以上述べたように、本件商標は、商標法4条1項16号に該当するものではない。

4. よって判断するに、本件商標は「ケミカルアンカー」の片仮名文字よりなるものであるところ、これが、「化学の、化学的」等の意味を有するものとして一般に親しまれた英語の「chemical」に通ずる「ケミカル」の語と建築・構築用材料との関係では「定着(具)」等の意味を認識させ得る英語の「anchor」に通ずる「アンカー」の語よりなるものであって、両語それぞれが有する意味をそのまま繋げて、全体として、例えば「化学的な定着(具)」の如き漠然とした抽象的な意味合いを看取させることがあるとしても、これに止まり、更に進んで、その商品の品質、構造、機能、用途、使用方法等の具体的な内容までを認識させるものではない。

また、職権をもって調査するも、「ケミカルアンカー」の語が、登録査定の時点で、これ単独で、特定の商品の品質等を表示するものとして、建築・構築用材料を取り扱う業界で使用されていたことを認めるに足りる資料も見出せない。

そうしてみると、本件商標は、登録査定時において、その構成全体として、特定の商品の品質等を表示するものではなく、請求人主張のような趣旨を暗示的に表現したものと理解されることがあるというに止まる一種の造語と把握されていたものとみるべきである。

したがって、本件商標は、これをその指定商品について使用しても、商品の品質について誤認を生じさせるおそれがないものといわなければならない。

なお、請求人は、被請求人が本件商標の指定商品には含まれていない商品について本件商標に係る商標登録表示(すなわち虚偽の表示)を付し、不正な商標権の行使を行っていると主張するところ、商標登録を無効にすべき理由を限定的に列挙している商標法46条1項各号によれば、このような事実は本件商標の登録を無効にするための理由にはなり得ないものであることは明らかであり、また、このような事実が存在したとしても、このことと本件商標を指定商品について使用した場合にその商品の品質の誤認を生ずるおそれがあるかどうかとは直接関連性がなく、本件無効審判の請求とは係わり合いのないものである。仮に、請求人が、このような事実により、何らかの不利益を受けているというのであれば、別途の法的措置を執るべきである。

以上のとおりであるから、本件商標は、商標法4条1項16号に違反して登録されたものということができず、同法46条1項の規定により、その登録を無効にすることはできない。

よって、結論のとおり審決する。

平成10年2月25日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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